Access講座の講師Sの個人ブログです♪
朝からなぜか、
『境界』
という言葉がひっかかって頭から離れない

理由は、吉本隆明さんの講演の中に出てきた
「信じることと信じないことの境界をふまえると、思考として読むことができるのではないか」
という言葉。
面白いもののと面白くないもののの境界
美味しいものと美味しくないものの境界
理解していることと理解していないことの境界
MAXとMINの中間部分が広すぎて意識してなかったけど、どちらかというとMAXに近いものをOKとして、MINに近いものをNGとしているだけで、本当は境界というものがあるんだろうなと
あ~頭がムズムズする
というわけで「境界」という言葉で色々探していたらこんな記事を見つけました
「堅とも(堅いキヅナで結ばれた友達)」と「普通の友だち」の境界線は「個人情報」、「行動」、「コミュニケーション」の3つの側面から明らかになっています。境界線は以下のとおり。
1.「個人情報」―――Twitterやmixiのアカウント、自宅の住所・電話番号などを教え合うかどうか
2.「行動」―――2泊以上の旅行や、お互いの家に“お泊り”できるかどうか
3.「コミュニケーション」―――弱音や愚痴を話せるかどうかや、夢や恋愛について語れるかどうか
これってどうなんでしょ
オバサンになると、親しくなくても電話番号は教えあうし、たいして親しくなくても旅行も行けるし、名前も知らない初対面なのに愚痴を言い合ってる人(例えばウチの母信子)なんてのもいるヨ